
つい最近自分の少年野球指導歴を数えてみた。なんと今年で20年。決して自分で自分を褒めるようではないが、よく続いたものだと思う。ただ過去にある人から「あれもこれもよくやっているねぇ。笑えるぅ〜。」と何気なく言われた一言はキツかった。純粋に楽しんでやっているのに何か下心があってやっているようなニュアンスだった。そんなこと全く思っていないのに。やはり“無償の労”を惜しむ人にとっては理解できないのかもしれない。
数えれば相当のグループや団体の役を請けている。仕事の時間、家族の時間を犠牲にすることも確かにある。時間の使い方に困る場面も多々あるが何とか迷惑をかけないようにやり繰りしてきた。
この歳になって振り返ると気づくことが多いものだ。無償の労は自分の時間を費やして誰かのためになる行為である。そして関わる誰かが喜んでくれる。少年野球では20年間には相当な子供とその父兄に接している。街で教え子や父兄の方々に出会うといつもニッコリ笑って声をかけてくれる。それが無償の労の報酬であるとつくづく思う。他の役でもそうである。人の輪がどんどん広がる。声をかけてくれる人も多くなる。それが一番嬉しい。
少しばかり哲学的な話かもしれないが、人は人のためになってこその人だと。多ければそれだけ人のためになったんだと思うことにする。それは笑顔になって自分に返ってくる。この記事を書いていて本当にありがたいと思う。大袈裟に表現すると自分が生きてきた証である。そうすればあのキツイ一言も聞き流せる。
J.MIZUNO