
あしたのジョーといえば、泪橋。泪橋といえば丹下段平。人生に敗れ、泪を流しながらドヤ街へと渡る橋だ。丹下段平も矢吹丈もこの橋を渡った。
最近、『あしたのジョー』を見始めている。現在26話。
昭和40年代、自分が幼少だった頃は、確かテレビが自宅に入ったのは3、4歳の頃だったと記憶している。白黒テレビにかじりつき、『あしたのジョー』『巨人の星』『タイガーマスク』『ゲゲゲの鬼太郎』等々を見るのが楽しみだった。今の時代に改めて観ることになったが、とにかく描画が暗い、ずっしりと重くのしかかるようなストーリーだ。よくこんな描画を子どもたちが必死に観ていたものだとつくづく感じてしまう。当時はこれしかなかったので、それがテレビという娯楽の全てだった。
大金持ちと極端な貧乏者。強い者とそれに立ち向かう挑戦者。挑戦者に降りかかる困難な状況はこれでもかと毎回演出される。そして、挑戦者を陰ながら支える人。だいたいこれでストーリーは成り立っている。我々の世代はほとんどこれに感化されて育ったのだ。いわゆるスポーツ根性ものと言われるが、実はスポーツものではない。自分の生き様を貫き通す“執念もの”だと思う。時代の古さは否めないが、現代でも矢吹丈の生き様には共感できるものがあるし、柔になった自分に喝を入れているような、忘れてはならないスピリッツだと感じる。
J.MIZUNO